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【島の風景2010】隠岐・島後 島根県(産経新聞)

 大小の石を敷き詰めた海岸に、素朴な平屋建ての舟小屋が並ぶ。屋根は杉皮と竹でふき、玉石が重し。舟小屋では、舟を風雨から守り、網などの漁具を保管する。

 日本海に浮かぶ「隠岐島」で情緒ある冬の島を撮影しようと島根県に向かった。調べて驚いたのは「隠岐島」という島がないことだった。

 隠岐島は4島の主要な島からなる「隠岐諸島」の通称で、南西の3つの島(知夫里島、中ノ島、西ノ島)を「島前(どうぜん)」といい、水道を挟んで北側の最も大きな島を「島後(どうご)」と呼ぶ。

 島後には約1万6千人が暮らし、隠岐空港がある。舟小屋は、空港から車で約20分、島後の南西にある都万(つま)という漁港にある。

 舟小屋は約20棟。1棟に2隻の舟が入る。高宮司久(もりひさ)さん(73)も自分の舟を置く1人だ。大阪で定年退職後、故郷の隠岐に帰って13年。「今は漁師のまね事をして暮らしています」と笑う。

 高宮さんのお宅に伺うと台所に案内された。「きょう捕れたばかりの魚」と見せてくれたのはタイやメバル、ウマヅラハギなど10匹余り。島の自慢は、うまい魚と美しい海に囲まれた自然だという。

 隠岐は奈良時代の724年、「遠流(おんる)の島」とされて以来、後鳥羽上皇や後醍醐天皇ら3千人以上が流された。都から中国山地を越え、海を渡って行き着くまでに2カ月を要したという。

 特に冬の日本海はしけるときが多く、現在でも本土と島後を結ぶ高速船は12月ごろから春まで運休する。島には船で向かいたかったが、フェリー便に乗る時間がとれず、やむを得ず私は飛行機で海を渡った。

 厳しい自然環境から小さな舟を守ってきた舟小屋は昭和62年、道路計画で立ち退きを余儀なくされた。しかし、小屋の民俗資料的な価値が認められ、沖合へ約5メートルずらして再建された。

 「漁師にとって舟小屋は心のよりどころ。まあ、おふくろのような存在だな」と、東一春さん(55)。ヤスでアワビ、サザエなどを採る。伝統的な漁法「かなぎ漁」の漁師だ。

 舟が木造だった時代は毎日、漁から帰ると舟を小屋に入れた。今は構造材の耐久性が向上し、舟小屋の必要性は低くなった。それでも、舟小屋は島の人たちの心を見守る“おふくろ”であることに変わりない。(写真報道局 飯田英男)

                   ◇

 ≪アクセス≫

 大阪・伊丹空港から隠岐空港まで飛行機で約1時間。フェリーは、島根県松江市の七類港から島後・西郷港まで約2時間半。高速船なら約1時間だが12月中旬から2月まで運休。運行ダイヤなど問い合わせは隠岐汽船TEL08512・2・1122

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